笠戸丸(かさとまる)と初期移民

いよいよ移民の開始…といきたいんじゃが、ブラジルの産業状態の悪化などでなかなか契約が進まず、移民船の第一号が出港するのは、なんと条約が結ばれてから13年も後のことだったんじゃ。
ぶん蔵の顔から汗を流している
そんなに時間がかかったんだ!
国から国に人が移り住むって大変なことなんだね。
くららがひらめいた
いよいよ1908(明治41)年4月28日、第一回ブラジル移民船の笠戸丸(かさとまる)が、781名の移民を乗せて神戸港を出航し、6月18日にブラジルのサントス港に入ったんじゃ。
ぶん蔵が笑っている
笠戸丸の出発を伝える電報
笠戸丸の出発を伝える電報
知らない土地に住む不安もあっただろうけど、希望も大きかったんだろうね。はじめての移民はうまくいったの?
くららの顔から汗が流れている
現地からの報告書によると、なかなかそうはいかなかったそうじゃ。移民たちはコーヒー農園で働くという契約だったんじゃが、過酷な労働環境に耐えかねて、農園から出て行ってしまったり、勝手に他の仕事に就いてしまったりしたんじゃ。
結局、コーヒー農園に定着したのは全渡航者の4分の1だけという散々な結果だったようじゃ。
ぶん蔵が考えている
しかたないモジョ…
もじょじょがしんみりしている
じゃが、渡航回数を重ねるごとに移民の状況は改善され、勤勉に働く日本移民の評価は次第に高まっていったんじゃ。
ぶん蔵がビックリした

■ 「伯剌西爾移民100周年(外務省外交史料館)」記事一覧
  1. 「伯剌西爾」との出会い
  2. 修好通商航海条約調印
  3. 笠戸丸(かさとまる)と初期移民
  4. 移民社会の発展